問題の所在
物体の運動を考えるとき、重心という基本概念がある。例えば、質量分布 $\rho(\B{x})$ が与えられれば、その重心 $\B{x}_c$ は通常
$$
\B{x}_c = \frac{\DL{\int \B{x}\,\rho(\B{x})\,\diff V}}
{\DL{\int \rho(\B{x})\,\diff V}} \tag{1.1}
$$
として定義される。この考え方を渦度分布に対しても使うのは自然な発想であろう。すなわち、渦度の分布があるなら、その「重心」を
$$
\frac{\DL{\int \B{x}\,\B{\omega}\,\diff V}}
{\DL{\int \B{\omega}\,\diff V}}
$$
のように定義できるのではないか?、という発想である。しかし、三次元渦ではこの考え方は使えない。なぜなら、孤立した三次元渦では
$$
\int_{V_v}\B{\omega}\,\diff V=0
$$
となるからである。上のように分母がゼロになるため、「渦度の重心」が定義できないのである。今回の主題は、この問題に対して、流体インパルスを用いた代替的な「渦の重心」を定義することである。
通常の重心の定義が使えない理由
ここで孤立渦について考えよう。渦度が存在する領域を $V_v$、その境界を $S_v$ とする。また、孤立渦では渦線が境界を横切らないと仮定する。このとき、
$$
\B{\omega}\cdot\B{n}=0
\quad \text{on } S_v \tag{2.1}
$$
ここで $\B{n}$ は境界面の外向きの単位法線ベクトルである。この条件のもとでは、
$$
\int_{V_v}\B{\omega}\,\diff V=0 \tag{2.2}
$$
となる。これは、三次元の有限な渦度分布では、渦線が閉じている、あるいは領域内で完結していることに対応する。したがって、渦度を「質量」のように見なし、
$$
\B{x}_c = \frac{\DL{\int_{V_v}\B{x}\, \B{\omega}\,\diff V}}
{\DL{\int_{V_v}\B{\omega}\,\diff V}}
$$
のように重心を定義しようとしても、分母がゼロになる。三次元渦では、渦度は符号や向きを持つベクトル量であり、単純な正の密度ではない。この点が、質量重心との決定的な違いである。
インパルスを使った渦の重心の定義
この問題に対して、Saffman は粘性渦輪の研究において、流体インパルスを用いた渦の重心を導入した。今、渦の流体インパルスを
$$
\B{I} = \frac{1}{2} \int_{V_v} \B{x}\times\B{\omega}\,\diff V \tag{3.1}
$$
とする。このとき、インパルスの大きさを
$$
I=|\B{I}|
$$
とし、「渦の重心」を
$$
\boxed{
\B{X}_v = \frac{1}{2I} \int_{V_v} \B{x}\times (\B{x}\times\B{\omega}) \,\diff V \tag{3.2}
}
$$
として定義する。これが今回導入する渦重心の定義である。
一見複雑な形ではあるが、インパルスの方向と渦度分布の空間的配置を用いて、渦の代表位置を決めることができ、非常に有用である。
定義の持つ意味
$(3.2)$ の定義の目的は、三次元渦の「中心」を、渦度が大きい領域の近くに置くことである。
重心の通常の定義が使えないため、別の量で渦の代表点を決める必要がある。そのとき、渦運動において最も重要な全体量の一つであるインパルスを用いるのは自然な流れである。上の定義は次のような性質を持つ。
第一に、渦度が大きい領域の近くに重心を配置する。
第二に、渦輪や Hill の球形渦のような対称な渦では、幾何学的な中心と一致する。
第三に、渦度分布が形を変えずに並進する場合、この重心も移動する。
これらは、渦の代表位置として望ましい性質と言える。
渦の速度の定義
渦の重心が定義されると、その時間微分によって「渦の速度」も以下のように定義できる。
$$
\boxed{
\B{U}_v = \frac{\diff \B{X}_v}{\diff t} \tag{5.1}
}
$$
である。これは、渦度分布全体の代表点がどのように移動するかを表す速度である。
渦輪のような対象では、渦度分布は自分自身の誘起速度によって進行する。渦核内の各流体粒子は複雑に運動しているが、渦全体としてはある代表速度で進んでいるとみなせる。その代表速度を定義するうえで、この重心速度 $\B{U}_v$ は有用である。
軸対称渦の場合の渦重心について
特に、軸対称渦では、渦の重心はより分かりやすい形になる。例えば、円柱座標
$$
(r,\theta,z)
$$
を導入し、渦度が方位角方向成分
$$
\omega_{\theta} (r,z)
$$
を持つ軸対称渦を考える。このとき、渦の重心は対称軸上にある。その $z$ 座標は
$$
z_v = \frac{\DL{\int z\, r\omega_\theta\,\diff r\, \diff z}}{\DL{\int r\omega_{\theta}\,\diff r\,\diff z}}
$$
の形で与えられる。これは、重みとして
$$
r\omega_\theta
$$
を用いた一次モーメントとも言える。
この結果は示唆的である。一般の三次元渦では通常の渦度重心は定義できないが、軸対称渦ではインパルスに基づく定義が、直感的な「重み付き平均」の形になる。
つまり、軸対称渦輪では、渦の位置を $r\omega_\theta$ で重みづけした $z$ 方向の平均位置としても理解できるのである。
渦輪における渦の重心について
渦輪を考えると、この定義の意味が見えやすい。
渦輪は、方位角方向の渦度を持つ軸対称な渦構造である。渦度は環状の渦核に集中している。このとき、渦の重心は渦輪の中心軸上に置かれる。
完全な円形渦輪であれば、重心は渦輪の幾何学的中心に一致する。渦輪が形を保ったまま進行すれば、その重心も渦輪と同じ速度で進む。
粘性によって渦核が広がる場合でも、渦度分布の代表位置を追跡することで、渦輪全体の移動を記述できる。これが、Saffman が粘性渦輪の研究でこの定義を用いた理由である。
渦輪では、個々の流体粒子の動きよりも、渦構造全体の位置と速度が重要になる場合が多い。そのようなとき、渦重心は渦輪を一つの力学的対象として記述するための基準座標となる。
二次元渦との違い
この定義の欠点の一つは、二次元渦に対しては通常の重心と単純には対応しないという点である。二次元流れでは、渦度は面に垂直なスカラー量として扱える。また、二次元では全渦度、すなわち循環
$$
\Gamma = \int \omega\, \diff S
$$
が必ずしもゼロにならない。(→上式の関連)したがって、二次元渦では通常の重心
$$
\B{x}_c = \frac{\DL{\int \B{x}\omega\,\diff S}}{\DL{\int \omega\,\diff S}}
$$
を用いることができる場合がある。
一方、三次元で導入したインパルスに基づく重心は、この二次元の通常重心とは単純に一致しない。つまり、この定義は三次元孤立渦に適したものであり、二次元渦の重心概念とは別物として理解する必要がある。
Poinsot 軸による別の考え方
もう一つの代替的な考え方として、衝撃力系の Poinsot 軸を用いる方法がある。流れを静止状態から瞬間的に生成するための衝撃力系を考える。この衝撃力系には、合力としての流体インパルス
$$
\B{I}_v
$$
と、モーメントとしての角運動量インパルス
$$
\B{A}_v
$$
がある。この系の代表軸として、流体インパルス $\B{I}_v$ に平行で、以下で計算される点
$$
\B{R} = \frac{\B{I}_v\times\B{A}_v}{|\B{I_v}|^2}
$$
を通る直線を考えることができる。この軸が Poinsot 軸である。この見方を導入すると、渦の位置を一点ではなく、衝撃力系の作用線として捉えることができる。
この考え方は、渦を「どこにあるか」という幾何学的対象としてではなく、「どのようなインパルスとモーメントを持つか」という力学的対象としての視座を与えるものである。
なぜ渦の重心が必要なのか?
渦は、通常の粒子や剛体とは異なる。明確な物質境界を持たず、渦度分布は変形し、引き伸ばされ、拡散する。そうではあるが、渦輪や孤立渦を「一つの対象」として扱いたい場面は多い。
そのためには、渦の位置を代表する点が必要になる。
たとえば、渦輪がどの速度で進むか、二つの渦輪がどのように接近するか、粘性によって渦輪の位置がどのように変化するかを議論するには、渦の代表位置が必要である。
しかし、三次元では単純な渦度重心は使えない。そこで、流体インパルスという三次元渦が自然に持つ力学量を用いて重心を定義するのである。
この定義は、渦の幾何学的中心と力学的性質を結びつける役割を持つ。
まとめ
今回の要点は次のように整理できる。三次元孤立渦では、
$$
\int_{V_v}\B{\omega}\,\diff V=0
$$
が成り立つため、通常のような重心
$$
\frac{\DL{\int \B{x}\B{\omega}\,\diff V}}{\DL{\int \B{\omega}\,\diff V}}
$$
は定義できない。その代わり、流体力学的インパルスを用いて、渦の重心を
$$
\boxed{
\B{X}_v = \frac{1}{2I} \int_{V_v} \B{x}\times (\B{x}\times\B{\omega}) \,\diff V
}
$$
と定義する。
この定義は、渦度の大きい領域の近くに重心を置き、渦輪や Hill の球形渦のような対称渦では幾何学的中心と一致する。また、形を変えずに並進する渦では、その重心は正しい速度で移動する。
軸対称渦では、重心は対称軸上にあり、その位置は
$$
z_v = \frac{\DL{\int z\,r\omega_\theta\,\diff r\,\diff z}}{\DL{\int r\,\omega_\theta\,\diff r\,\diff z}}
$$
として表される。
一方で、この定義は二次元渦の通常重心とは単純に対応しない。この点は注意が必要である。
渦の重心は、単なる渦度分布の幾何学的中心とは一致しない。三次元渦においては、渦度の全積分がゼロになるという制約のもとで、インパルスを用いて渦の代表位置を定める必要がある。この考え方は、渦輪や孤立渦を一つの力学的対象として扱うための基礎となる。
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